▋ リンパ腫
リンパ腫とは、血液細胞の中のリンパ球が腫瘍化した「リンパ球のがん」であり、白血病などと類似した「血液のがん」に分類される病気です。限局した病変(しこり)を形成することもありますが(どこにでも発生しうる)、「全身性のがん」と認識して対応します。例外として、局所性のリンパ腫もありますが発生は少数です。
リンパ腫と診断される病変はすべて「がん」であることは確かですが、その「悪性度」には違いがあります。悪性度は、腫瘍細胞の大きさ(大細胞性 or 小細胞性)、形態(低分化型 or 高分化型)などによって判定され、高悪性度(High Grade)〜低悪性度(Low Grade)に分けられます。予後(病気の見通し)も治療も異なるため、悪性度の判定は非常に重要です。
近年では、犬でも様々なタイプのリンパ腫が存在することが分かっており、可能な限り(制限要因がない限り)、細胞診、病理検査、免疫染色などを併用して診断を行うことが推奨されています。
▋ 肥満細胞腫
肥満細胞腫は犬に発生する「がん」の1種で、皮膚や皮下に発生することが多く、体表に触る腫瘤(しこり)として発見されることが多いがんです。肥満細胞という免疫系の細胞が「がん」になった病気です(身体の肥満とは関係ありません)。肥満細胞はヒスタミンなどの細胞内物質を豊富に含み、それらが病変周囲および全身に悪影響を及ぼす腫瘍随伴症候群がみられます。肥満細胞腫の腫瘍随伴症候群では、病変周囲の炎症・疼痛・浮腫・止血異常、全身症状としては胃潰瘍による消化管出血や低血圧ショックなどを引き起こすこともあります。
肥満細胞腫の治療は、手術による切除が第1選択です。早期の手術で完治するタイプが多いため、手術の制限要因がなければ手術を実施します。悪性度にはバリエーションがあり、皮膚に発生する肥満細胞腫の場合、3段階に分類され(グレード1〜3)、グレード1は手術のみで完治しますが、グレード3は転移を免れません、グレード2は予測が難しく、1よりか3よりかで性質が異なります。病変の視診触診所見、進行速度、細胞診所見などで悪性度をある程度予測をすることは可能ですが、グレード評価は病理検査によってのみ判定可能なため、手術後切除病変を解析して判定します。また、手術は病変周囲の正常組織を含めて広く切除し、完全切除を目指します。完全切除が達成できたかどうかの評価も術後の病理検査で判定します。不完全切除であった場合でリンパ節転移などがなければ、通常は再手術が可能かを検討します。再手術が不可能でリンパ節転移などがない場合は放射線療法が適応となります(放射線療法は大学で実施)。悪性度とリンパ節転移の有無により、術後に抗がん剤や分子標的療法薬などの内科療法が必要となる場合もあります。また、はじめから完治が目指せないタイプでは、緩和ケアとして内科療法を選択する場合もあります。
▋ 乳腺腫瘍
乳腺腫瘍は、早期避妊手術を受けていない雌犬に多く発生する腫瘍です。乳腺部に触る腫瘤(しこり)として発見される腫瘍です。犬の乳腺は腋窩から下腹部まで分布するため、広い範囲に単発あるいは多発性に発生します。犬の乳腺腫瘍は統計学的には、良性のものが50%、悪性ではあるものの転移率が低いものが25%、悪性でかつ転移率が高いものが25%というデータがあります。乳腺腫瘍の治療は手術で、他の治療は効果的なものがほとんどありませんが、そのかわり手術による完治を期待できるタイプが多いため、手術の実施がすすめられます。乳腺腫瘍の良性悪性の判定は、病理検査によってのみ判定可能なため、初期病変の場合、術前に予測することは困難ですが、50%程度が悪性であること、悪性であっても早期治療で完治の可能性が高いこと、良性の場合も長期に放置することで悪性転化がみられること、などの理由から、手術の制限要因がなければ切除し、摘出病変で病理検査を実施するのが合理的であると考えられます。ただし、炎症性乳癌といった予後不良タイプのがんが疑われる場合や、すでに肺転移などがある進行がんでは、手術不適応となることもあります。乳腺腫瘍の切除の際に避妊手術を併用するか否かについては、腫瘍の病態、年齢、併発疾患など様々な要素を加味して判断します。
▋ 肛門周囲腺由来の腫瘍
肛門周囲腺由来の腫瘍は去勢手術を受けていない雄犬に多く発生する腫瘍です。多くが肛門およびその周囲に腫瘤(しこり)を形成して発見されますが、尾や腹部の皮膚に病変がみられる場合もあります。肛門部には本腫瘍とは全く由来が異なる肛門嚢腺癌も発生しやすいため鑑別が必要です。肛門周囲腺由来の腫瘍は、表面が自壊しやすく、感染、悪臭、痛みが問題となることも多い腫瘍です。本腫瘍は良性比率が高いものの、良性悪性の判定を細胞診で行うことは容易ではないため、その判定は病理検査によって行います。未去勢雄に発生した典型例であれば、去勢手術を行うことで退縮する可能性があるため、通常は腫瘍の形態と細胞診所見から肛門周囲腺由来の腫瘍が疑われたら、まず去勢手術と病変部の生検病理を同時に行います、病変が自壊している場合は自壊部を含め切除生検しますが、いずれも肛門機能に影響を及ぼさない小さい範囲での切除を行います。病理結果が良性(肛門周囲腺腫)あるいは低悪性度(肛門周囲腺上皮腫)であれば、同時に行った去勢手術による効果で残存病変は退縮が期待できます。悪性(肛門周囲腺癌)であった場合、切除範囲を大きくする必要が出てきます。
▋ 精巣腫瘍
精巣腫瘍は去勢手術を受けていない雄犬に多く発生する腫瘍です。左右の精巣が陰嚢内にある場合は、大きさの左右差が生じ発見されます。去勢手術を受けていないにもかかわらず精巣の片側あるいは両側ともに陰嚢内に存在しない場合、潜在精巣(停留精巣)として鼠径部あるいは腹腔内に存在するものと考えられ、停留精巣の場合、陰嚢内の精巣に比較して腫瘍化する確率がより高くなります。精巣腫瘍が転移することは稀ですが、腫瘍の種類により骨髄不全(ホルモンの影響による)を引き起こすものもあるため、手術による摘出がすすめられます。精巣腫瘍の種類は摘出精巣の病理検査により判定します。精巣腫瘍のほとんどが手術により完治します。
▋ 軟部組織肉腫
軟部組織肉腫は犬に発生する「がん」の1種で、体表に触る腫瘤(しこり)として発見されることの多いがんです。軟部組織肉腫という名称は、1種類のがんを指すのではなく、共通した性質を持ついくつかのがん(血管周皮腫、脂肪肉腫、線維肉腫など)をまとめてこのように呼ぶ、1つのグループ名です。このグループ共通の性質は、周囲組織に広く深く拡がりやすい(局所浸潤性が強い)ということです。その一方で転移はしにくいという性質も共通しています(悪性度による違いはあり)。軟部組織肉腫の治療は手術です。周囲組織に広く深く拡がりやすく、再発しやすいため、手術は病変周囲の正常組織も含めて広く切除し、完全切除を目指します。病変の悪性度や、完全切除を達成できたかどうかの評価は、病理検査で判定します。不完全切除であった場合は、まず再手術が可能かどうかを検討します。再手術が不可能な場合は、放射線療法が適応となります(放射線療法は大学病院で実施)。進行した病変や再発病変の治療は難しくなるため、初発時の早期発見と最初の手術がとても重要です。